上演のための手引き

第二回「演劇と片思い その2」

「ここ」と「あそこ」は、舞台の内と外だけではありません。舞台上にもたくさんの「ここ」と「あそこ」が存在しています。

片想いとは、まなざしの物語です。
「ここ」から「あそこ」への視線の物語です。

舞台上にAくんがいます。Aくんは立っているかもしれないし、座っているかもしれません。Aくんのいる場所をためしに「ここ」にしてみます。

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そこへBくんがやってきます。BくんはAくんの隣にいて、なにやら話しています(恋の話でしょうか?)。この場合、AくんとBくんのいるポイントが「ここ」になります。

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AくんとBくんの距離を少し離してみます。二歩か、三歩か、舞台が広かったら、10メートル以上離してみてもいいかもしれません。でも、なかなか「あそこ」は立ち上がってきません。AくんとBくんの距離を含めた「ここ」が広がっていくばかりです。二人は、広がった「ここ」でまだおしゃべりを続けています(やっぱり恋の話みたいです)。

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こんな風に、演劇では「ここ」を自由自在に伸び縮みさせることができます。僕は、舞台をつくるときに「ここ」を伸ばしたり縮めたりして遊ぶのが大好きです。舞台の隅っこのほんの少しの隙間を「ここ」にしてみたり、舞台いっぱいまで「ここ」を広げてみたり、さらに広げて、劇場までを含めて「ここ」にしてみたり、さらにさらにその外側まで……。作品をつくるとき、どんな「ここ」をつくるか考えるのは、僕にとってまず最初の楽しみです。

では、「あそこ」はどこでしょうか。
Bくんの向きをAくんと反対向きにしてみます。すると、さっきよりは「あそこ」が立ち現れる気配がしてきました。
Bくんは、上手側(客席からみて右側)をみているとします。そして、AくんもBくんとおなじく上手側をみています。

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こうすると、AくんとBくんが「ここ」から、向こう側にある「あそこ」をみつめているようにみえないでしょうか。
次は、Aくんの目線の先をBくんにしてみます。

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すると、こんどは「ここ」にいるAくんが、「あそこ」にいるBくんをみつめているように感じられます。そしてさらに、「ここ」にいるBくんが、上手側の「あそこ」をみつめているようにもみえてきます。
まなざしには、想いが宿ります。このAくんのBくんへのまなざしにも、きっと想いがこもっています(それが恋だといいなっておもいます)。まなざしに宿る想いは、一方通行です。だから、まなざしの物語は片想いなのです。

でも、演劇が本当にすごいのは「ここ」と「あそこ」をみつめあわせることだって出来ちゃう点です。どんな空間の隔たりも、どんな時間の隔たりも、演劇ならつなぎあわせることが出来ます。
「ここ」と「あそこ」を作ったり、消したり、入れ替えたりを繰り返して、そして最後にみつめあわせる。その瞬間を立ち上げられたとき、僕はいっそう演劇が好きになります。